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2008年03月28日
ぺろ、私は前に進むよ。
ぺろへ
昔からおばあちゃんの家へ行くと喜んで迎えてくれたね!
私は小学生なので夏休みにしか行けませんでした。
私が夏休みを終えて二学期が始まった頃でした。
ぺろはもう歩けなくなっていました。
いつもごはんは手であげていました。
でも、私が行ったら一生懸命、立とうとしてくれたね。
とってもうれしかったよ。そして5月の下旬に亡くなったのです。
私の目から涙が出なくなるくらい泣きました。
でも、前に進もうと思いました。
今までアリガトウ。元気でね……。(2007年1月)
(神奈川県・岡田みゆ ぺろ:雑種/享年15歳)
投稿者 平松 あゆ子 : 09:35 | コメント (0) | トラックバック
2008年03月21日
夢で会いに来てくれた公太
公太へ
あなたがいなくなってもうどれくらいでしょう。
13年くらいかな。
最期は別々に生活しているときで、
私が悲しむからと、息を引きとったことを、お父さんは知らせてくれなかった。
でも公太は夢で会いに来てくれたでしょ?
私はそのお礼をずっと言いたかった。
ありがとう。
今までもこれからも、私の大切な家族です。
私たちを見守ってください。
そして、みんなを明るく照らしてあげてください。
公太の強さと優しさを胸に抱いて……。(2007年1月)
(香川県・遠藤靖子 公太:柴犬/享年7歳)
投稿者 平松 あゆ子 : 09:00 | コメント (0) | トラックバック
2008年03月14日
死をもって私の背中を押してくれたブラン
ブランへ
犬好きの父のせいか、私は小さい頃から犬がとても好きで、
犬小屋で一緒に寝たりすることもしばしば。ブランは弟のような存在でした。
ブランは私が高校のときにやってきたシベリアンハスキー。
彼は死をもって私の背中を押してくれた、素晴らしい弟でした。
当時観た「オーロラの下で」という映画からブランと名付けました。
ブランは、私が家に帰ると玄関で真っ先にお帰りと飛び跳ねて家族に教えていました。
それから何年もの間、そのブランのお帰りポーズは続きました。
10年を過ぎた頃から体調を崩し始め、手術を受けるようになりました。
仕事の都合で家を離れていた私が、半年ほどして久々に家に帰ると、
すっかり痩せたブランがいました。
そして、ブランは倒れました。胃捻転。
病院へ連れていけたのは翌日でした。
私は自分を責めながら車を走らせ、先生に預けました。
ブランはそれでも一生懸命に最後までがんばっていました。
先生はいつもブランの辛抱強さには驚いていました。
平成17年12月、14年の生涯を終えたブラン、ありがとう。
「A子、頑張れ」って聞こえてくるよ。
私は今年、やりたかったトリマーの学校でがんばることになったよ。
ブランが教えてくれたことを胸に……。
これからもずっとお姉ちゃんを見守っていてくださいね。
(香川県・匿名希望 ブラン:シベリアンハスキー/享年14歳)
投稿者 平松 あゆ子 : 09:22 | コメント (0) | トラックバック
2008年03月07日
モモエと暮らせてよかった。
モモエへ
12月4日、モモエは、11歳の誕生日にその生涯を終えました。
中学生の娘から、私にこんなメールが届きました。
「今日は12月5日、昨日の夜、愛犬モモが死んだ。
初めてこんなに泣いた。初めてこんなにショックを受けた。
できることなら家にいたくない。家にいると辛いから。家にいると思い出すから。
楽しかったこと、ケンカしたこと、お祝いしたこと、最後のとき。
頭がおかしくなりそう。命の大切さを知った。私の姉妹みたいだったのに。
幼稚園のときから一緒にいて、私の中ではもう犬って存在じゃなかった。
正真正銘、かけがえのない家族の一員……。
大切な家族。あまり泣いちゃダメだってわかっていても、涙が出てしまうんだもん。
今は、ペンダントになってずっと一緒だよ!
学校にも色んな所に連れて行ってあげる……。
モモへ
幼稚園の時だったね! 私と一緒に成長して、泣いてたときは涙をなめてくれたね!
すごく助けられたよ。時が過ぎるのは早かった……。
モモが家に来たのが昨日のことみたい……。
お疲れ様でした。本当にありがとう。もっといろんなことをやってあげればよかった……。
後悔しても……、会いたくても……、もう会えない……。
モモちゃんは、空になって、星なったんだよね……。
名前を呼んでも来てくれないんだよね……」
娘の気持ちを知って、モモと一緒に暮らせてよかったと思いました。
モモも気持ちよく天国に旅立ったと思います。
娘と一緒に悲しみを乗り越えます。(2007年12月)
(福岡県、横山繁則、モモエ:ポメラニアン/享年11歳)
