天国で暮らす星たちへ

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2007年06月22日

生きる力をくれたケビン

ケビンへ

ケビン、元気でいますか?
ケビンは私にとって生きる力をくれた犬でした。
私が22歳、母を亡くしたその年にケビンが産まれ、
私たち夫婦のもとに来てくれました。
母の命が終わり、ケビンの命に変わったのだと思います。
ケビンとの7年間の暮らしは、母を亡くした隙間を埋めてくれて、
幸せな毎日でした。
翌年には、ジュリアをお嫁さんにもらい、
私たち4人は、毎日平和にゆっくり過ごしていました。
そして、私たち夫婦にも子どもが生まれて2カ月後、
ケビンは膵臓ガンとわかり、すさまじい痛みと吐き気に襲われ始めました。
「なんで……、どうして……、まだ早すぎる」と、
母と同じように大切な命は奪われていきました。
ケビンの命が、娘の命へと変わったのですね。
ケビンと別れてもう5年です。
ケビンの愛妻ジュリアと、ケビンによく似たウランも増え、
娘にはケビンの話をよくして暮らしていますよ。
12歳になるジュリアにそろそろ会いたいと思っているかもしれませんが、
まだまだ私の手の届くところにおいておいてね。
ケビンに会えるその日まで大切にしていますから。
もう一度抱きしめられたらなぁと、いつもあなたを思い出しています。
安らかに……。(2005年10月)
(長野県・行田 礼子 ケビン:ゴールデンレトリーバー/享年7歳8ヶ月)

投稿者 川上 奈緒 : 09:43 | コメント (0) | トラックバック

2007年06月15日

これからも、毎日、話そうね。

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ふうちゃんへ

「風太郎」、風のようにどこへでも元気で行けるように……。
ふうちゃんは、本当に風になって、お母さんから飛んで行っちゃったね。
わが家に来て、すぐ、ジステンバーになって、
お医者さんから「この子は長く生きられません」って言われたときは、
足が震えてしまったけど、
がんばって治しちゃったよね。

もう、長生きできる!
お母さんと一緒にお墓に入るまで、長く一緒に過ごそうね!
って、いつも話してたのに、次はジステンバー脳炎。
坂道を転がるように病気が進んで、大学病院の先生から、
「治療法がありません。今、生きていることが不思議な状態です」って言われたときも、
また足が震えて座り込んでしまったけど、
お父さんもお母さんも、ふうちゃんは、きっと助かる!
まだ1歳だもの! できるかぎりの治療をしたい!
と思っていました。
でも、ふうちゃんにとって苦しいだけじゃないの? 
お母さんたちがふうちゃんを失いたくないエゴじゃないの?
……と、自問自答の辛い日々でした。

そして、最後の瞬間は静かに訪れましたね。
「眠るように」とは、こういうことなんだと思いました。
「ふうちゃん……」と心でつぶやくだけで、涙が止まらなかった。
そして、いつも最後に「どうしてお母さんを残して行っちゃったの?」だったよね。

でも、今は「ふうちゃん、お母さんは元気でがんばってるよ」って言えるようになったでしょ。

来年、桜が咲いて風を感じたら、それはきっとふうちゃんだよね。
「ふうちゃん、LOVE YOU ず~っと、一緒だよ」。

これからも、毎日、話そうね。 (2007年4月)
(神奈川県・大場理佳 風太郎:ダックスフンド/享年1歳)

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これは今年の娘の成人式の時の写真です。
まだ病気のかけらもなく、
この幸せがず~っと続くと疑っていなかった私たちです。
娘へ「ちゅう」って、かわいいベストショットでした。
これから1カ月もしないうちに病気になり、
2カ月半で星になってしまいました。
(大場さん)

投稿者 川上 奈緒 : 09:00 | コメント (17) | トラックバック

2007年06月08日

マリン、たくさんの思い出をくれて、どうもありがとう

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マリンへ

マリン、今、何してるかな。
ふわふわ雲の上で寝そべっているかな。
お花畑の中で、お友だちとかけっこしてるかな。
お母さんのお腹のお上をもみもみしてるかな。

マリンがいなくなって二十七日が過ぎたよ。
私は、まだマリンがここにいるようで、ごはんを出しているよ。
お水を替えているよ。
その傍らでお線香も忘れてない。

明日はマリンの1歳のお誕生日だね。
私はお母さんとして、お姉さんとして、恋人として、
マリンを今も愛おしく感じるよ。
小さくなったマリン、こんな箱に入ってないで、
いつもみたいにむっくり出ておいでよ。
歩けなくなったのなら、手を貸すから。
起きられなくなったのなら、抱き上げるから。
マリンと暮らした月日は短くて。本当に短くて。
もっとたくさんのことをしてあげられたはずなのに。
もっと一緒の時間を作ってあげられたのに。
「ただいま」というと、いつもいてくれたマリンの優しさに
私はただ甘えてばかりだった。

また、生まれ変わっても会えるかな。
また、お母さんの下に来てくれるかな。

たくさん、がんばったね。辛い病気と、たくさん、闘ったね。
マリンは、どんなときも、寄り添おうとしてくれたね。
トイレだって我慢しなくてよかったんだよ。
吐いたって、少しずつ食べればよかったんだよ。
もっと甘えてよかったんだよ。
家族なんだから。

今は手の届かないところにいるけど、
ずっと私はここでマリンを想っているからね。
マリンを忘れないこと。それが一緒にいること。
これからずっとそばにいるからね。

あんなに小さかったマリンが、どんどん大きくなっていって、
本当に嬉しかったよ。
マリンにもっとおいしいものを食べさせたい。
花のにおいをかがせたい。
いろいろなところへ連れて行きたい。
あと少しだけ、マリンがここにいられたら……。
もし叶うなら、マリンにもっといろいろなことをしてあげられたのに。
マリンを思い返すときの写真、
1枚1枚の瞬間を私は覚えているよ。
何かを見上げているとき、
私を見ているとき、
何かを思っているとき。
全部、忘れない。
最後までマリンが私を忘れなかったように、
私も忘れない。

だから、遠くへ行ってもマリンが幸せでいられますように。
私は毎日マリンに話しかけるから。
神様にお願いするから。
マリンがどこにいても、幸せでいられますように。

マリン、たくさんの思い出をくれて、
どうもありがとう。     
                           (2007年4月)

(愛知県・マリンのママ マリン:メインクーン/享年11カ月)

投稿者 川上 奈緒 : 09:55 | コメント (0) | トラックバック

2007年06月01日

命のはかなさを感じたハニーとの別れ

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ハニーへ
ハニーが息を引き取ったのは、穏やかな小春日。
カサカサと枯葉の舞う音がしなければ、
とても冬とは思えない、どこまでものどかな日でした。
春と紛うような陽気のせいか、
私はハニーとの安逸な生活が永遠に続くものと信じていました。
ところが、ハニーとの別れは突然に、そしてあまりにも呆気なくやってきました。
誤飲でした。ハニーの夭折は、私にとって初めての、親しいものとの別離。
大きなゴールデン・レトリーバーのハニーが、
荼毘に付され、骨壷に収まり、私の膝の上ですっかり小さくなってしまうと、
命のはかなさを惻々と感じました。
冬至に近いその日は、
部屋の奥まで差し込む長い日足のせいで白々しいほどに明るく、
まるで白昼夢を見ているようでした。
そして、ハニーが亡くなってから、
外でお散歩しているゴールデンを見かけるたびに、
苦しくてずっと目をそらしてきました。
あれから2年、紆余曲折の末、またゴールデン・レトリーバーをわが家に迎えました。
すると、不思議なことにもう悲しくないのです。
どのようにしても払拭できずにいた喪失感がスッと消えていきました。
ハニーが生まれ変わったような気がして。
そして今度は、どのようなことがあっても善処できますようにと、
どうぶつ健保にも加入しました。
お守りだと思っています。              (2005年1月)
(千葉県・荒井由美 ハニー:ゴールデンレトリーバー/享年5歳)


ハニーちゃんが亡くなったのは、10年以上も前のこと。
写真は、ハニーちゃんが3歳の頃。
一緒に写っている荒井さんの息子さんたちも、
現在は大学生、中学生になっていらっしゃるとのこと。

どんなに月日が流れても、ハニーちゃんの笑顔は、
いつまでも、荒井さん家族の心の中で輝いているんですね。

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こちらは現在、荒井さんが一緒に暮らしているクレバーくん(4歳)。
元気に走り回っています!

投稿者 川上 奈緒 : 09:41 | コメント (0) | トラックバック