2008年09月10日
「しっぽの学校」へ移行します。
いつもお読みいただいている皆様へ。
今後、「天国で暮らす星たちへ」は、
弊社がプロデュースする、
どうぶつ好きな人のための情報交換サイト、
「しっぽの学校」の「天国のお星様」へ移行します。
ぜひ、「しっぽの学校」へご登録(無料)いただき、
↓「天国のお星様」へお立ち寄りください。
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今後ともよろしくお願いします。
投稿者 平松 あゆ子 : 19:56 | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年08月07日
天国にいるシロちゃんへ
シロへ
シロちゃん元気にしていますか?
パパから「先日シロちゃんが亡くなったよ」と聞いて
ショックを隠し切れませんでした。
シロちゃんが家に来たのは……いつごろだったかな?
私がまだ小学校低学年くらいだったかな。
おじいちゃんの友だちのところで子犬が生まれたからといって、
おじいちゃんと一緒にシロちゃんを見に行ったのを、今でも覚えているよ。
シロちゃんって名前を付けたのが私だったんだ(笑)。
その理由がただ単に色が白いって理由なんだけどね。
でもね、シロちゃんより前に一緒に暮らしていたドンちゃんが、
シロちゃんが家に来た時から調子が悪くなっていって死んじゃったんだ。
でも自分のこと責めないでね?
たぶん、ドンちゃんは「僕がいなくなったらみんなは悲しむんだろうな」と思って、
シロちゃんが家に来るまで待っててくれていたと思うんだ。
だから自分のこと、悪く思っちゃダメだよ。
シロちゃんとはいろいろ遊んだね。
私が夏休みの日には一緒に散歩に行ったり、
追いかけっこもしたっけ。
今振り返って見ると懐かしくてたまりません。
でも、今から5年前、お母さんの仕事の都合で私は神戸に行っちゃって、
その後はそっちの家に新しいコーギーが来て、
シロちゃんはほとんど廊下で暮らす事になったよね。
私、その話し聞いた時は涙が止まらなかった。
「なんで? なんで、シロちゃんより後に来た犬がリビングで暮らせて、
シロちゃんは廊下で暮らさないとダメなの?」って。
ホントはシロちゃんを神戸に連れてきてあげたかった。
でも、私の家はマンションだし、
ママと二人暮しで昼間は相手をしてあげられなかったから、
どうしても無理だった。
ごめんね。
たまに私がそっちに泊まりに行ったりするとき、
一緒に遊んだね。
大晦日の日には隣のお寺に行ったね。
なぜかシロちゃんは、私の言うことばっかり聞いてくれたよね(笑)。
私、嬉しかったよ。
心の中で何度も、
「私だけじゃないかもしれないけど、たまにしか会えないのに、
言うことを聞いてくれてありがとう」ってつぶやいたよ。
でも……私が高校生になってから4カ月……
部活やらなんやらで忙しくて、ほとんどそっちに泊まりに行けなくなり、
シロちゃんは死んじゃったね。
ホントは8月の中旬、そっちに泊まりに行く予定なんだよ。
私、シロちゃんとまた遊べるかなって楽しみにしてた。
でももう、シロちゃんとは会えないんだね。
いまさら後悔しても遅いけど、泊まりに行ったとき、
もっと遊んであげればよかった。
泊まりに行ったとき、遊ぶのを後回しにしてごめんね。
散歩行ってあげられなくてごめんね
雷電とばっか遊んでごめんね。
こっちに連れて来れなくてごめんね。
天国でドンちゃんやほかの仲間と仲よくやってください。
また、何十年か後、天国で会えたらいいね。
その時はいっぱい遊ぼうね。
(シロ:ミックス・享年9年/兵庫県神戸市・佐野涼子さん)
投稿者 平松 あゆ子 : 21:23 | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年07月26日
息子と娘のよき相談相手だったタロちゃん
タロちゃんへ
14歳で天国に逝ってしまったタロちゃん。
ほんとうにいろいろなことがありました。
柴犬の女の子。とても神経質で、ウンチなどは決った場所でないと絶対にダメ。
凍てつくような夜中でも、帽子と軍手とマスクを身につけ、
まるで泥棒みたいな格好で、散歩に行きました。
横にタロがいなければ、きっとまちがわれていたかもね。
なぜか雪が積もると、ウンチをするのはどこでもよかったね。
タロが息子と娘のよき相談相手になってくれたおかげで、
心の優しい子どもたちに成長してくれました。
これもタロのおかげです。
晩年は苦しむことなく、私の腕の中で逝きました。
涙と鼻水のグチャグチャの顔で、主人と2人で泣きました。
病院知らずの怖さ知らず。
とても元気なタロでしたが、なぜか雷と花火だけは苦手。
だれよりも早く察知して知らせてくれました。
夏祭りの夜は蚊に刺されながら、
2人して夜空を見上げていたのが懐かしいです。
悲しい別れから3年余り。
もう犬と一緒に暮らさないと思っていたのに、
またまた三代目がやってまいりました。
キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルのタロと申します。
「タロー」と名前を呼ぶと、元気いっぱいに答えてくれます。
その後にはもう一匹のタロもいます。
暑い夏がやってきました。
祭の夜はタロのことを思い出しながら……、
今のタロと夜空を見上げましょう。
どこかでワンワンと鳴くことを期待しながら。
(タロ:柴犬・享年14年/兵庫県豊岡市・垣谷美佐子さん)
投稿者 平松 あゆ子 : 09:13 | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年07月11日
風くん、君のこと、一生忘れないよ。
風くんへ
やっと気持ちの切り替えができるようになりつつある今日この頃ですが、
遺品や遺影を見ると涙が出てきます。
わが家には、昨年4月に新たにロットワイラーの女の子が来ました。
今はその子と2人暮らしですが、
私たちの生活パターンは風くんがいたときとまったく変わっていません。
朝早く会社に出勤します。その前に散歩・食事を終わらせて、車庫まで見送ってくれ、
帰りに迎えてくれる風くんがいました。
今ではロットワイラーの花が、風くんの代わりをしてくれています。
でもどこかが少し違います。
思い起こせば1997年の3月頃だと記憶しています。
前にいたダックスフンドのちびが逝ってしまい、
静岡のブリーダーさんの所まで新幹線に乗って迎えに行きました。
家に着くと、ケージから出て私の膝の上に乗り、
それが挨拶でしょうか、「よろしく」のように感じました。
あまり犬好きでない母も「連れてきたのか」と言って、
室内で飼うことを許してくれました。私が出勤したあと、
病弱だった母のベッドに入り、私が帰るまで母と一緒に過ごしていました。
母は私に夕方5時頃になると足元のカーペットから出て、
おまえが帰って来るのを玄関のほうで待っていると言っていました。
母は「わかるのかな」と不思議がっていました。
母は老人ホームで亡くなり、
最後に会わせてあげることができなかったことが残念でなりません。
2003年、私が大腸がんのため、千葉県がんセンターで手術することになり、
急遽、ペットショップに預けることになりました。
伸び伸びになって3カ月間、風くんはペットショップで暮らしました。
その間、私もペットショップに電話して様子を聞いたりしました。
入院中も彼のことが頭から離れませんでした。
風くんも昨年11月頃、免疫性介在関節炎という病気にかかり、
入退院とステロイド治療を続けていました。
私の反省ですが、歩行がおぼつかなくなり、
ついつい散歩をしない状態が続いたのは事実です。
どうしてもロットワイラーの花に集中してしまいました。
ただただ反省しきりです。
このままの状態で12歳を迎えることが出来ると信じていました。
2008年4月20日午後7時25分、息を引き取りました。
残念です。
朝から呼吸が荒くなり、食事もとりませんでした。
変だと思っていました。明日にでも病院に行こうと思っていました。
私の顔をじっと見つめ、普段行かない場所に行こうとしたり、
行動がおかしくなり、しばらくしてバスマットの上で横になっている彼の姿を花が発見し、
私も「いじめてはだめ」と花に言いながら駆け寄りました。
その時、すでに息絶えていました。
この11年間、彼の人生はどうだったのだろうか。
私と母にたくさんの思い出を残し、去っていった風くん。
アニコム様からの献花は今でも祭壇で綺麗に輝いています。
毎日、線香をたむけ冥福を祈る毎日です。
犬は亡くなっても、あの世で主人と一緒に暮らせると聞きますが、
現実になるといいですね。
ただ、もう少し生きられたのに、残念で悔しいです。風くんの冥福を祈るばかりです。
風くん、長い間いろいろあったけど、ありがとうございました。
君のこと、一生忘れないよ。
(千葉県・田中正人 風くん:享年11歳)
投稿者 平松 あゆ子 : 17:58 | コメント (0) | トラックバック (0)

